昨年度の募集を受け、2020年度日本語パートナーズに内定し、派遣される日を心待ちにしていた、yumekoです。
退職してから、派遣を心待ちにしていたよね。
で、どうなった?
決まったときは、とっても嬉しかったんだけど。
なかなか状況が厳しくて・・・。
今年度のベトナム派遣は、中止になりました。
みなさん、応援してくれてありがとう。
海外で発生した新型コロナウイルス感染症が、2月になると日本国内でも広がりはじめ、4月を迎えたところで、予断を許さない状態になっていきました。
「こんなに流行っているなら、派遣はダメかもしれないなぁ」という不安と、「感染者が減ったら、行けるかもしれない」という期待の交錯する日々。
そして、7月になり、正式に【ベトナム7期派遣中止のお知らせ】が届きました。
そもそも、その「日本語パートナーズ」とは何か、から、今回の結果をいただいた今の気持ちについてを記録しておこうと思います。
◆
日本語パートナーズとは?
まず、【日本語パートナーズ】とは何か、ということについてからお話しします。
ASEAN諸国では,日本の文化や科学技術や,近年のポップカルチャーに対する関心・人気が高まり,日本語を学びたいと考える若い人たちが急激に増えています。
現地では日本語教育が盛んに行われており,中学,高校の授業に取り入れている国も多いのですが,その反面,日本語の先生の数と経験の不足が課題となっています。そのため日本政府は,国際交流基金を通じて,現地の日本語の先生をサポートしながら,“生きた日本語”を教えられる人材を派遣する事業を,2014年より開始しました。
その人材が“日本語パートナーズ ”です。
※外務省のサイトを参考にまとめてみました。
◆
日本語パートナーズの役割
「日本語パートナーズ」になった人は、どんなことをやっていくのでしょうか?その役割は、こうです。
日本語パートナーズ” は、アジアの中学・高校などの日本語教師や生徒のパートナーとして、授業のアシスタントや、日本文化の紹介を行います。
具体的には、⇓
- 現地日本語教師のアシスタントとして授業をサポート
- 日本文化の紹介を通じて、派遣先の生徒や地域の人たちと交流
- 現地の言葉や文化を習得
日本語パートナーズの活動は、募集から含めて、国際交流基金のアジアセンターというところが、支えており、その活動の様子は、国際交流基金アジアセンターのホームページなどで度々紹介されています。私も、この事業に興味を抱いてから、度々このホームページを訪ね、いろんな方の活動を読んできました。
若い頃から、日本語教師や国際交流に興味をもってきた私は、読むたびに、すばらしい活動だなあと思い、いつかはこの活動を通して感動を味わう側になりたい、と強く思うようになりました。
そして、この【日本語パートナーズ】に応募することにしたのです。
◆
日本語パートナーズの条件
応募に際しての後押しとなったのが、日本語パートナーズの条件です。
- 満20歳から満69歳で日本国籍を有する方
- 日常英会話ができる方
- 派遣前研修(約1か月間)に全日程参加できる方
とってもシンプルですよね。
まず、 20~69という、年齢の幅の広さ
すばらしい!
もう50代後半になってしまった私にとって、年齢の壁は大きいです。
〈人生、毎日が出発点〉
〈今が、人生で一番若いとき〉
という言葉を信条にして、チャレンジ精神旺盛な私が、新しいことにチャレンジしようにも、「定年の年齢」(つまり60歳、かな?)という制限があることが多い社会です。そんな中、この「69歳まで」というのは、光っています。やる気がムラムラと湧いてきます。そんな条件でした。
言語条件・・・日常英会話 ビミョウです。
ここは、私にはちょっとビミョウな感じ。
「ビミョウ」というのは、少しは英語で会話を通したコミュニケーションができるけど、はっきり人様に「できます!」と宣言するほどの自信はありません、ってこと。
こっちは、勝手に「コミュニケーションできた」と思っているけど、伝わっていなかったってことあるだろうし・・・、という弱気な心もあるのです。(泣)
それに、早口でしゃべられたら、わからんし。
でも、「日常英会話」(私の場合は、ボディーランゲージ込みですが・・)というレベルなら、どうにかかじりつけるかもと思えました。
派遣前研修1ヶ月? 勉強できるなんて願ってもない時間です!
これは、ほんとうにラッキー。
いくら気持ちがあっても、事前の準備なしでは、いい活動はできませんよね。
その準備を、個人ではなく、1ヶ月もしてくれるというのです。
ありがたいなあ、と心底思いました。
1ヶ月の集団生活なんて、大学の寮で4年間過ごした私には、どってことない。
若い人に囲まれ、たくさんのエネルギーや若者文化を吸収することもできるし、現地語の勉強もできます。
これをラッキーと言わずして、なんと言おうか!
以上、3つの条件をもってして、行く気がさらに高まったものです。
◆
応募してから、派遣が決まるまで。
よし、応募するぞ!って思ってからが、少々大変でした。
なんせ、ずっと(30年以上)教員をしていたので、履歴書なんて書いた記憶がほとんどない。世間を知らず、今思えば、箱入り娘(?)みたいな生活でした。
※もちろん、学校内での生活は、「箱入り娘」とは程遠い、けっこう大変な現場生活でしたが。生活の不安もほぼなし、次の年の仕事があるかなんて心配はなし、という点では、とても恵まれていたなと思っています。
応募要項に合わせて、書類の準備を進めていきました。
これを書くと長くなるので、また後日、別に詳細にわたった報告をしたいと思っています。
◆
歓喜の「内定決定」通知メール
忘れもしない、2月のある日、メールは届きました。
私の住む地域の公立小中学校では、管理職へ次年度の希望を12月末までに出さねばなりません。
その時点で【日本語パートナーズ】に採用されるかどうかはわからなかったものの、私はもう退職することを決めていました。
私が退職希望であることを知った方からは、その理由を聞かれました。「定年前なのにどうしてやめるのか?」「何かつらいことでもあるのか?」など、心配してくれる人が多かったです。
そのときの私は、まだ決定でもなかったのですが、つい【日本語パートナーズ】に対する熱い思いを語ってしまいました。
そして、2月の10日。
帰宅して、メールボックスに入っている国際交流基金アジアセンターからのメールで、「内定」したことを知ったのです。
その嬉しさと言ったら、ありませんでした。
◆
そして、コロナの日々。
「内定通知」が郵送でも送られ、喜びもひとしお。
学校現場では、3年生の受験や卒業を控え、とても忙しくなっていく時期でした。
アジアセンターからは、書類提出の連絡もあり、その書類準備も慌ただしい中で進めていきました。
まずは、本務である「仕事」をきちんと仕上げてから・・と思って毎日を過ごしました。とことが、2月27日の夕方のニュースで、自粛としての学校休業の要請の知らせがあり、3月2日から、学校がお休みになってしまったのです。
長い教員生活で、こんなことは初めてです。
びっくりしたのと同時に、いかに新型コロナが特別で、危険な病気であるのかが伝わってきました。
生徒たちに、卒業までの一週間、義務教育の最後の日として、多くのことを経験させようと、教員はいろいろな計画がありました。
そのすべてがなくなってしまうことは、ほんとに大変なことです。
今でも、あの休業開始について、他の方法やもっといい方法があったのでは、と考えさせられています。
卒業式も、超短縮で行いました。
1,2年の授業もなし。
離任式もなし。
すこしさみしい3月末でしたが、これで私の教員生活が終わったのです。
けれど、次の目標があることで、そのさみしい日々も乗り越えられました。
すべては、【日本語パートナーズ】の活動に向けて、だと思っていたからです。
◆
コロナの状況は、日を追ってひどくなっていきました。
アジアセンターからは、新型コロナ感染拡大を受け、状況を見て検討するという知らせを受けていました。最終判断は7月に、ということです。
その連絡の待ち遠しかったこと。
5月には、今(7月)と比べれば格段に感染者が減った時期もありました。
「こんなに流行っているなら、派遣はダメかもしれないなぁ」という不安と、「感染者が減ったら、行けるかもしれない」という期待の交錯する日々で、毎日報道される感染者数に一喜一憂していました。
◆
ベトナム7期派遣中止、決定。
7月8日付けで、通知がありました。
ただし、結果は「派遣中止」でした。
国際交流基金アジアセンターは、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大の状況を注視しながら、ベトナム7期の派遣に向けて、準備を進めて参りましたが、この度ベトナム7期の派遣中止を決定いたしました。
この文章に始まる「日本語パートナーズ ベトナム7期派遣中止のお知らせ」の文章を読み、がっくり・・・。
とうとう、来ました。
やはり、・・・。
けれど、それなりに予想していたことでもあります。
どんと来い! 矢でも鉄砲でも、持ってきやがれ、という心境です。(泣)
※我ながら、健気。いや、やけっぱち(?)
◆
かすかな、希望の光。
「お知らせ」の中には、こんなことも書かれていました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 来年度ベトナム派遣への振替について 新型コロナウイルス感染拡大が収束する前提ではありますが、2021年度も日本語パートナーズ派遣事業を継続する予定です。
やったー!
もし、収束すれば、来年度も「日本語パートナーズ」事業を行うというのです。当初は、「2020年までの事業」であるということでした。これでおしまいのはずだったのですが、2020年度も募集して、2021年度の派遣の計画もあるようなのです。
その時は、私たち2020年応募内定者を優先的に送ってくれるということでした。
全てが0(ゼロ)になってしまったわけではないということです。
コロナの時期(2月24日~3月18日)に、マレーシアでこんな活動をしてきた学生グループの日本語パートナーズの存在も知りました。
今年の派遣は中止になってしまいましたが、希望を来年につなぎたいと思います。
うまくいくといいな。
コロナの収束を願うばかり・・・です。
今回の派遣に向けて、退職もしてしまった私ですが、せっかく与えられた時間ですから、先の自分の役に立つようなことに使いたいと思っています。
もし、状況が変わっても、ポジティブに対応していける強さを身につける機会にしたいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
コメント